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How to be your own doctor

アロマ&ハーブ、ボディワーク、アトピー性皮膚炎の情報など

水蒸気蒸留法を確立したのはイブン・シーナーなのか?

アロマテラピーで使う精油は、主に「水蒸気蒸留法」という方法で作られています。

アロマテラピー検定やアロマの本、香水の本では「イスラムの医師イブン・シーナーは、水蒸気蒸留法を確立し、芳香蒸留水を医学に応用した」と説明しています(イブン・シーナー(980年 - 1037年)は、ヨーロッパでは、アヴィケンナ、アヴィセンナの名で知られています)

断言せず「~と言われる」と書いている本もありますが、きっぱり言い切っている本も多い。

アロマテラピー検定で「水蒸気蒸留法を確立した」という情報に触れたときから、私のイブン・シーナーのイメージと一致せず、「あやしいな・・・」とコナン君のように疑っていました。イブン・シーナーといえば、医者・哲学者として超有名で、心理学の歴史の本でも名前を目にすることがあります。

 

疑っている理由はいろいろあるのですが、

  • アロマの本をたくさん見てみたけど、根拠になる文献が出てくる本が1冊もない。ドイツ人療法士の「ドイツの自然療法士モニカ・ヴェルナーのアロマテラピー実践事典」では、イブン・シーナーが精油を活用した、としか書いていない。
  • フォトグラフィー 香水の歴史」では、香水に使用するアルコールを発明したのはイブン・シーナー、と書かれているが、アルコールを発明したのはイブン・シーナーではない。ということは、水蒸気蒸留法も、同じく根拠レスなのでは?
  • イブン・シーナーは、偉大な医者ではあるけれど、実験家というより理論家として知られている。科学実験して薬を開発するイメージがしっくりこない。
  • イブン・シーナーは「錬金術師でもあって、錬金術の実験の過程で水蒸気蒸留法を確立した」と言われているけど、そもそも金の錬成に対しては否定派。金の錬成を否定した彼は、ほんとうに錬金術師なの?
  • ヨーロッパの錬金術師は、イブン・シーナーの錬金術に関する本を翻訳するときに、自分たちの都合のいいように肯定的に書き換えたり、偽書を作ったりしている。(彼の著作として中世ヨーロッパで有名だった『錬金術の魂についての書』は偽書)ヨーロッパ経由のイスラム科学の情報の精度は、交流の歴史が長いぶん玉石混交
  • 日本語訳されたイブン・シーナーの著作「アヴィセンナ『医学典範』日本語訳」を見てみたけど、バラ精油を使った治療法はあったけど、だれがつくったという記述は見つけられなかった。ついでに、芳香蒸留水を使った治療法も、今のところ見つけられていません。(『医学典範』の内容は、かなりおもしろいですが)
  • イブン・シーナーやイスラム科学、錬金術側から調べると、水蒸気蒸留法の確立者としてイブン・シーナーの名前を見つけることができない。むしろ薬油や酒類などを蒸留するのに用いた器具蒸留器「ランビキ」の発明者として名前があがるのは、近代科学の基礎を築いたといわれる8~9世紀の錬金術師、ジャービル・イブン=ハイヤーン。これって、ヨーロッパの香水の世界で、ジャービルとシーナーを取り違えているのでは・・・
  • 水蒸気蒸留法の歴史に関しては、「香料植物 (ものと人間の文化史)」に詳しくのっているが、ここでもイブン・シーナーに言及されていない。
  • 『アロマトピア』48号に平井浩氏の「蒸留技術とイスラム錬金術」という詳細な記事があるが、ここにもイブン・シーナー(アヴィセンナ)と水蒸気蒸留法の関係は出てこない。

イスラム世界においては、揮発性の高い物質、特に精油と薔薇水や香水の製造が、蒸留技術を用いる最も重要な産業であった。(中略)この薔薇水の製造は、8世紀終わりから9世紀初頭に成立したといわれている。(中略)イスラム世界の薬剤師達は、これらの技術の開発者と言えるだろう。

蒸留技術とイスラム錬金術」より

イブン・シーナーが生きていたのが、980年から1037年。薔薇水の製造が成立したのが、8世紀終わりから9世紀初頭なので、少なくとも芳香蒸留水の誕生は、彼が生まれる前になりますね。

「ハンガリアン・ウォーターを使って若返った70代のハンガリー王妃が、ポーランド王に求婚された」というのと同じように、香水の世界に伝わる伝説ではないかと思います。おそらく、ハンガリアン・ウォーターの求婚話は商人が宣伝用に作ったストーリーで、イブン・シーナーの方は、彼があまりに偉大だったので、「この温泉は空海が発見しました」みたいな感じで、関係のない発明も色々と彼由来になっちゃっているということなんでしょう。

蒸留器のコイル状の冷却器を発明したのが彼だ、という意見も見ましたが、あれはヨーロッパ型の蒸留装置ですね・・・

それにしても、なぜ水蒸気蒸留法の確立とイブン・シーナーが結びついたんでしょう。薔薇水が胃薬として使われていたからかな?アル・ラージージャービル・イブン・ハイヤーンとかだったら、まだしっくりくるんですけどね。

アヴィセンナ『医学典範』日本語訳」は熟読したわけではないので、見落としもあるかもしれません。「水蒸気蒸留法を確立したのは、間違いなくイブン・シーナーだ。根拠はこれです」というのがあったら、ぜひご連絡ください。大歓迎!

<なぜ生まれた?どう進化した?>早わかり科学史

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図解 錬金術 (F‐Files No.004)

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